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Japan

荏原の“知”を3D空間に
ノウハウ、技、哲学を未来につなぐ「EBARA-D3」

暗黙知となっていた
知見やスキルを
テクノロジーで継承する


 

荏原製作所(以下:荏原)では、製造業における技能伝承や現場の属人化といった深刻な課題に対応するため、新たな製造DXプロジェクト「EBARA-D3」を進めています。業務に関する知識、技(技術・技能)、哲学をメタバース空間に再現する「デジタルトリプレット(D3 ※1)」をベースとした荏原独自の取り組みであり、すでに藤沢工場で試験導入を開始しています。

一体どのような取り組みなのか、デジタルクリエイティブ&トランスフォーメーショングループ(※2)の河島圭佑、東中川毅、高橋美樹が詳細を語りました。

※1 デジタルツイン(物理的な製品や設備のデジタルコピー)に、現場の技術者の知見やノウハウ、暗黙知などを加えた概念。製造現場において、デジタルツインだけではカバーできない、人の経験や判断、問題解決のノウハウなどをデジタル化し、サイバー空間で再現・共有することで、より現実的なシミュレーションや改善活動を可能にする。

※2 事業サイドと連携しながら新しいテクノロジーやデータを活用した既存事業のDX推進と新規事業の創出サポートを行い、荏原のビジネス変革と成長を牽引するデータストラテジーチームの中のグループ


テクノロジーで“人の知”を活かす、現場発の進化

―― 皆さんが取り組んでいる「EBARA-D3プロジェクト」とは、どのようなものなのでしょうか。
試験導入を開始した藤沢工場

河島:製造現場の課題は、単に機械を動かすことだけではありません。日々の判断や微調整、変化への対応といった場面で発揮される“人”の知恵と感覚こそが、品質や安全を支えています。EBARA-D3プロジェクトは、そうした人間の知見を起点に、テクノロジーを用いて引き出し、体系化し、再び現場へ還元する「知の循環」を構築する取り組みとして位置づけられています。

中核を担うのは、デジタルツイン技術を活用した3Dナレッジ空間「Beyondverse」と、技能継承システム「DOJO(※3)」です。Beyondverseは、作業や設備、判断の背景にある知を立体的に再現・可視化し、ナレッジの共有と標準化を推進します。

東中川:一方のDOJOは、熟練者の技や判断基準を形式知として蓄積し、習熟度を可視化しながら人材育成を支援します。両者が連動することで、知見は教育資源として循環し、現場を進化させるサイクルが生まれていくものです。

高橋:さらにAIやIoTといった技術も、人間中心設計(Human-Centered Design)の思想に基づき、「人の力」を最大限に活かすために活用されています。

※3 「DOJO」は当社内での呼称です。

現場を“丸ごと”再現し、知を未来へ解き放つ「Beyondverse」

―― BeyondverseとDOJOについて、より詳しく教えてください。まずはBeyondverseですが、どのような要素を立体的に再現・可視化していくのでしょうか。

河島: Beyondverseは、製造ラインの構成や作業動線、設備レイアウトといった物理的要素を忠実に再現するだけでなく、作業時の判断やコツといった人間の感覚までも取り込み、デジタル空間上に統合していきます。

東中川:特筆すべきは、単にモノの挙動を再現するにとどまらず、人・モノ・プロセスの関係性を立体的に浮かび上がらせる点です。これにより、作業者がどのように判断し、どこに負荷を感じ、どの工程がボトルネックになるのかが、視覚的に明らかになるのです。

Beyondverseで工場内を立体的に再現・可視化

高橋:この空間は、未来の現場を切り拓く「知のインターフェース」として機能していきます。設備配置の刷新、作業手順の最適化、異常発生時のシナリオ検証など、リアルの現場で起こりうる問題について、事前にシミュレーションし、答えを導くことが可能になるのです。

データで「今」をとらえ、未来へ還元する仕組み

同時翻訳機能を通じて海外拠点の技術者ともコミュニケーション可能

河島:Beyondverseの特徴は、3D空間にセンサーやIoTデバイスからのリアルタイムデータを流し込み、現場の“いま”を可視化していることです。温度や振動、圧力、稼働状態といったデータを集約し解析することで、設備の異常予兆や作業負荷の変動を検知し、アラートや保全判断へとつなげています。

重要なのは、それが単なる自動化の仕組みではない点です。データは現場の作業者に「気づき」を返し、判断を支える材料となります。ユーザーインターフェースは直感的に操作できるよう設計され、誰でも最短距離で必要な情報にたどり着ける。これは“人の力を活かすための基盤”として整えられているのです。

―― 実際に、この仕組みを現場のシミュレーションに活用した事例も出ているのでしょうか。

河島:そうですね。すでにBeyondverseでは、AGV(※4)導入のシミュレーションが行われ、導線設計や稼働効率の検証に役立てられています。また、ドライポンプの運転試験データをリアルタイムに取得し、現場での判断に即座にフィードバックする取り組みも進んでいます。さらにBeyondverse空間上では、同時翻訳機能を通じて海外拠点の技術者ともシームレスにコミュニケーションが可能になっており、言語の壁を超えた知の共有が実現しつつあります。

※4 Automated Guided Vehicleの略。工場や倉庫内で、部品や製品などの物品を自動で運搬する無人搬送車を指します

「DOJO」が駆動させるナレッジの循環

―― DOJOについては、どのような仕組みなのでしょうか。

東中川:技能継承と学習支援を担うシステムであり、熟練の知見を形式知に変え、人材育成と現場の進化につなげるものといえます。

現場で培われてきた勘や判断基準、言葉にしにくい“暗黙の技術”を、動画や手順書、インタビューなどから構造化し、教育資産として残していきます。単に「やり方」を示すだけでなく、「なぜそうするのか」が理解できる仕組みになっています。

さらにDOJOでは、作業ログを解析して作業者一人ひとりの習熟度や傾向を可視化。苦手な作業を見抜き、最適な教材をレコメンドできます。これにより、育成のスピードも精度も高まります。加えて、DOJO内のアプリケーションでは技術評価も行えるよう設計が進められており、その結果は人事評価に活かせると同時に、本人のモチベーション向上にもつながっていきます。

こうして蓄積された知は、Beyondverseと連動し、3D空間での作業シミュレーションや現場ノウハウの共有へと活かされます。DOJOが「人の学び」を、Beyondverseが「空間の再現」を支え、その両輪がかみ合うことで、「現場で生まれた知」→「教育」→「実践」→「進化」という循環が動き出すのです。

一人ひとりの動きから、未来の現場をデザインする

高橋:DOJOの中では、いま「作業姿勢の評価アプリ」を開発しています。作業姿勢を数値として記録することで、普段気づきにくい身体への負荷を見える化し、改善につなげることを目指しています。データとして残していくことで、将来的には負荷の偏りを減らしたり、作業効率を高める工夫にもつながると考えています。

さらに、藤沢工場をはじめ、荏原の各拠点に設置されている「見守りカメラ」のデータもBeyondverseに取り込もうとしています。これにより、映像をただ保存するだけでなく、転倒や危険区域への立ち入りを検知してアラートを出すなど、安全に直結する機能を組み込むことが可能になります。

掲載写真内の『Ergo Viewer』は、荏原製作所開発の社内ビューワです。

また、作業者の移動データを収集していくことで、現場の動線を客観的に分析することも視野に入れています。動きの重複や無駄を明らかにできれば、改善余地を示すことができ、最終的には生産性の向上に直結するはずです。

こうした取り組みの積み重ねが、より安全で、効率的で、働きやすい現場をつくる基盤になるでしょう。目に見えない負荷や無駄をデータでとらえ、未来の現場をより良いものへと変えていきたいのです。

「人間中心設計」がもたらす価値とは

―― 冒頭で、「人間中心設計の思想」という言葉がありましたが、その意味を具体的に教えてください。
(左から)開発に携わった河島、東中川、高橋

河島:“使われるテクノロジー”こそが、現場を強くします。新しい仕組みを導入すること自体には、大きな意味はありません。実際に現場の人に使われ、行動の変化につながって初めて価値が生まれるのです。

EBARA-D3では、この前提を重視し、あらゆる技術設計に「人間中心設計」の考え方を組み込んでいます。たとえばUI(※5)はできる限りシンプルに構成し、迷わず操作できるようにする。データ分析の結果も、専門知識がなくても直感的に理解できるようにビジュアル化する。教育コンテンツでは、熟練者の言葉や身体の動きを反映させることで、感覚的な理解を深められるように工夫しています。

すべての仕組みは、“誰がどのように使うのか”を出発点にデザインされています。だからこそ、テクノロジーが現場に根付き、人を支え、組織全体の力へと変わっていくのだと思います。今後はこのシステムを荏原のグローバル全体に広げるほか、社外にも展開していこうと考えています。

※5 User Interfaceの略。一般的にメニューやボタンの操作性などユーザーが目にするもの・操作するものすべてが含まれます