産業用の送風機を製造する荏原風力機械では、ものづくりの重要な工程である「溶接」の技術を抜本的にレベルアップしようと、2年以上にわたるプロジェクトを進めてきました。この取り組みは、荏原グループ全体のものづくりを支援する拠点「Ebara Manufacturing Technology Advanced Center(以下、EMTAC)」と、荏原グループの荏原風力機械※のメンバーが連携して行ったものです。
一体どのような成果が出たのか。EMTACの一員であり、このプロジェクトに参加した生産プロセス革新・品質保証統括部 製造技術開発部 試作・拠点連携推進課の宇山健太と、荏原風力機械 鈴鹿工場 製造部 製缶課の増矢祐介が振り返りました。
ものづくりに欠かせない「溶接」を進化させる
EMTACと荏原風力機械、2年を超える活動

熱処理工程を8割削減
資格取得者も増えた
その取り組みとは
幅広い人たちが溶接の未来を考えた「溶接技術管理室」
―― 「溶接」の技術をレベルアップさせる活動は、どのように始まったのでしょうか。
宇山:2022年1月に、荏原風力機械の中に「溶接技術管理室」という組織が立ち上がってスタートしました。溶接作業において、現場が感じている課題を解決したり、長い間同じやり方で行ってきたものを見直して最新のものにアップデートする目的で立ち上がったプロジェクトです。
私はちょうどその頃、EMTACの一員として荏原風力機械の鈴鹿工場に出向していました。コーポレート組織であるEMTACでは、荏原のものづくりをグループ横串で支援しています。事業部やグループ各社と連携して、それぞれの製造現場が抱える課題を一緒に解決していくのです。自分自身の使命も、溶接技術のレベルアップでした。もともと溶接関係の業務に長く従事しており、それを活かしたいと考えていました。
こういう背景の中で、私も溶接技術管理室の一員として参加。他のメンバーには、荏原風力機械の設計や品質保証、調達など、幅広い職種の人がいました。もちろん、実際にものづくりを行う現場の方も多数参加しており、増矢さんもその一人でしたね。

生産プロセス革新・品質保証統括部 製造技術開発部 試作・拠点連携推進課

増矢:私は荏原風力機械で送風機の羽根車の製作をしています。高速で回転して風を生み出すのが羽根車で、送風機にとっての心臓部分です。羽根車を作る時は、まず必要な形の金属板を用意して、それらを仮組します。そうして、それぞれの金属板をくっつける「溶接」を行います。2つの金属板の合わせる部分を高温で溶かして接合していくんですね。溶接を終えると、仕上げ作業として製品の歪みを取ったり、表面をグラインダーで滑らかにしたりします。
私の普段の業務は、溶接を専門的に行うというより、仮組や溶接の前後作業・全体の工程管理がメインです。ではなぜ溶接技術管理室に参加したかというと、溶接そのものの作業をする人の意見も重要ですが、ものづくり全体の中で溶接をどう改善するかという広い視点も大切です。そういった理由がありました。
―― 会社として「溶接を進化させたい」という思いは強かったのでしょうか。
増矢:そうですね。私たちの羽根車を作る上で、溶接は本当に重要な技術です。なぜなら、産業用の送風機は長時間絶え間なく稼働するため、羽根車もずっと高速で回転し続けます。荏原風力機械の手がける羽根車は大きいもので3メートルのサイズもあり、回転し続けるうちに大きな負荷がかかります。溶接した箇所は特にデリケートなので、その部分から不具合が出る可能性もあります。だからこそ、溶接技術のレベルアップをしていきたいと考えていました。

宇山:現場での溶接作業を少しでも楽にしたいという気持ちもありましたよね。溶接は1000℃を超える高温で行いますし、保護具を着るためとても暑いんです。現場の方からは、溶接の環境を良くしたいと強く要望を受けていました。そういう改善を行う目的もありましたね。
増矢:未来のことを思うと溶接のノウハウを体系化したり、共有したりする仕組みも作りたいと思いました。溶接作業は職人技のようになっていて、そのノウハウは作業者それぞれが頭の中で独自に構築していました。いわゆる暗黙知になっていたのです。若い人への技術継承を考えても、体系化が重要です。溶接技術管理室では、こういった幅広いテーマに向き合っていきました。
熱処理を8割削減、大きな成果をあげた取り組み
―― 具体的にどんな活動を行ったのでしょうか。
宇山:まずは現場が溶接で困っていることや、将来どのようになりたいかを自由に出し合いました。それに対して、今からやるべきことを挙げて一つずつ進めていった形です。

荏原風力機械 鈴鹿工場 製造部 製缶課
増矢:私たちは現場として「こうしたい」「こうなるといい」という願望を伝えて、そのためにどうすれば良いか、設計や調達を含めた対策をプロジェクトチーム全体で考えていきました。
それから2年間でいろいろな改善を行いましたが、一つ大きなものを挙げるなら「ステンレス鋼」という材料に関する取り組みです。これまで、特定のステンレス鋼を溶接した場合、その後に熱処理の作業が必要でした。高温の窯の中に製品を一定時間入れるような工程です。
宇山:なぜ熱処理が必要かというと、溶接で発生した「応力」を除去するためです。溶接は、高熱で金属を溶かした後、一気に冷やしてくっつけます。1000℃まで上げて200℃へと落とすような作業ですね。すると、急激に冷やす中で金属が縮まろうとするなど、さまざまな力が発生します。これが応力です。応力が残ったままだと、製品が歪んだり、故障したりするリスクが高まるのです。そこで溶接の後に熱処理を行い、応力を除去します。
増矢:しかしこの熱処理も難しい作業で、高温の中に入れておくうちに歪みが発生することもあります。そこで、熱処理のときは変形防止用の治具(補助器具)を取り付けたり、熱処理後にまた歪みを修正したりという作業が必要でした。かなりの手間やコストがかかっていたんです。これをどうにかできないかと、宇山さんに相談しましたね。
宇山:ステンレス鋼にもさまざまな種類があり、中には最小限の熱処理で済むもの、熱処理をしなくて済むものもあります。ステンレス鋼を使う場合は「なるべく熱処理の少ないものに替えられないか」という相談でした。もちろん、違う材料を使えば、製品の強度や耐久性も変わります。問題があれば採用できません。私も溶接に長く従事してきたので、さまざまな文献や材料メーカなどの情報を得ながら、使用可能か確認しました。
その結果、これからは基本的に熱処理の少ないステンレス鋼を使うことに決めたのです。製品上の問題がないことを確認し、設計部門にも了承してもらいました。これにより、熱処理が8割ほど削減されましたね。
増矢:熱処理がなくなったことで、工程が減り、納期も短くすることができました。コスト削減の効果も大きいですね。材料だけで見れば以前より高くなることもありますが、その後の熱処理や治具のコストがなくなったことまで踏まえると、全体で下がるケースが増えています。
―― とはいえ、製品に使う材料を変えるのはリスクもあります。なぜ決断できたのでしょうか。
宇山:今回採用した材料は、すでに荏原グループの中で実績があるものです。だからこそ信頼がありました。EMTACはグループ各部門のものづくり情報を共有しているため、どこかの部門で成功した例を他部門に活かすことができます。ハブとして横展開できるんですね。
資格取得は「若い人への指導」に変化をもたらした
―― ほかにも、溶接管理技術室で成果の出た取り組みはあるのでしょうか。
宇山:2年間で本当にいろいろなことをやりましたね。例えば、環境に良い新材料を製品に使用することになり、新しい溶接方法を検討しました。無事にその新材料を用いた製品がリリースされています。また、それまで描く人によって細かな差があった製品の図面を、溶接技術者が見やすいように統一しました。溶接後の処理についても、社内規格を新たに作りました。
もう一つ行ったのが、溶接の資格取得者を増やすことです。溶接の手法や安全管理など、幅広い知識を持つ人が現場に増えれば、レベルアップにつながるからです。そこで増矢さんには「溶接管理技術者」という資格を取得していただきました。その後も2名の方がこの資格を取得しています。
増矢さんは溶接の前後作業を担当しています。溶接を専門にやられている方ではないんですね。その方に資格を取ってほしいと思ったのは、一連の工程を俯瞰できる人が資格を取ると、現場全体を踏まえた溶接の改善が行えると考えたからです。
増矢:最初はびっくりしましたし、宇山さんに言われなければ資格を取ろうとは思いませんでした(笑)。でも知識をつけたことにより、若いメンバーに対して論理的に説明できるようになりましたね。経験の少ない方には「なぜそうなるか」という理由も伝えるとわかりやすくなります。指導の面でも役立っていますね。
―― これからの活動についてはどう考えていますか。
宇山:2年間でいろいろな取り組みをしましたが、まだやりきれていないテーマもあります。私の出向期間は終わったのですが、残ったテーマを進めるべく、今も兼務で荏原風力機械に来ています。一つでも多く成果を出したいですね。
増矢:特に溶接現場の環境を良くするのは、なんとか達成したいテーマですよね。そのほか、「レーザー溶接」など最新の溶接技術も取り入れたいと思います。
―― まったく違う経歴・立場の2人ですが、この活動を通してお互いから得たものも大きかったのではないでしょうか。
増矢:宇山さんを見て、知識を持つことや、それを活かしてコミュニケーションを取ることの大切さを学びましたね。私は現場の人間なので、どうしても言葉足らずになります。でも宇山さんは、私のどんな質問にも丁寧に、きちんとした情報で説明してくれました。自分もそうなりたいと刺激を受けましたし、だからこそ資格取得にも前向きになれたと思います。
宇山:私こそ、初めて送風機の現場に来た中で、増矢さんにたくさんフォローしていただきました。新参者が入り込んでいくのをサポートしてもらえてうれしかったですね。みんなに信頼され、愛される増矢さんがいなければ、これだけの変化は起こせなかったと思います。
―― 宇山さんにとって、この経験は今後のEMTACにも活きそうですか。
宇山:そうですね。EMTACとして各現場の課題と向き合う中で大切なのは、いかに現場に深く入り、一緒に取り組めるかだと思います。ここでの2年間は、まさにそれを実践した日々です。これからもいろいろな現場を支援する上で、この経験は自分の基礎になるのではないでしょうか。
荏原グループの「荏原風力機械」をご紹介します

世界中の産業などに使われるさまざまな送風機を製造する荏原風力機械。一般産業用送風機メーカとしては、日本最大の規模です。製鉄所やゴミ焼却設備、セメントプラント(セメントを造る工場)に使用する送風機のほか、ビルの空調用やトンネル・地下鉄内の換気用に活躍する送風機などを幅広く手がけています。
特に製鉄所やプラントの送風機は、お客さまの要望に合わせて製造する“一点もの”も多く、高さ4メートルを超える大型送風機もあります。それほどのサイズでも、100分の1ミリまでこだわったものづくりを徹底しています。また、製品の設計・製造から、その後の設置や修理といったアフターサービスまで一貫で提供しています。日本はもちろん世界中で製品を使用するお客さまに対して、いつでも迅速に駆けつける体制を整えています。
近年は、レアメタル(希少金属)の使用を減らした製造に取り組むほか、環境負荷の低減にも注力しています。従業員は270名ほど。三重県鈴鹿市に本社と工場、福島県国見町に国見工場があるほか、東京・大阪にも事務所を構えています。